熱中症の作業環境管理対策をどのように考えるか(高橋宏行)

 今年も梅雨が明け、日中暑い日々が続いています。暑い日々が続くと、注意する必要があるのが「熱中症」です。この「熱中症」とは、高温多湿の環境下で体内の水分と塩分のバランスが崩れ、体内の調整機能が破綻し発症する障害です。

 厚生労働省の発表では、職場での熱中症による死傷者数は令和5年で1、160人であり、その中で31人の方が亡くなっています。この状況を鑑み、最近では「労働安全衛生規則の一部を改正する省令」が2025年4月15日に公布され、同年6月1日施行となりました。これらは、罰則付きの義務化となります。改正の概要の概要は、以下のとおりとなります。

 

報告体制の整備・関係労働者への周知:

 健康障害が生じる恐れのある作業を行う際、異常を早期発見するために作業従事者が熱中症の自覚症状がある場合、健康障害を生じた疑いがある者を発見した場合は、報告する体制整備およびその周知を関係者に行う。

実施手順の作成・関係労働者への周知:

 

 健康障害を生じる恐れのある作業を行う際は、作業中止、身体冷却処置、医療機関への搬送等の手順を定め、関係者に周知する。

 

 以上の改正内容は、「作業管理」および「健康管理」に関する対策が主の内容です。しかし、「作業環境管理」に関する対応は、残念ながら述べられていません。一方で、社内の安全衛生管理を推進する担当者は、「作業環境管理」面での改善が必要です。

 

 

 以下の内容は、最近筆者が労働安全コンサルタントとして、所属企業の工場トップより助言を求められることがあり、熱中症の「作業環境対策」にあたっての検討内容例および対応例を述べている。

 

1.WBGT値の把握

 WBGT値を作業前に把握することで、作業者が事前に危険予知することが可能となります。WBGT値は、JIS Z8504またはJIS B7922に適合した計測器を使用することで、正確な値を知ることが可能です。できれば、表示がWBGT値以外に、黒球温度と、湿球温度または乾球温度が表示可能なものを選定すると、後述の作業環境管理の工学的対策の分析に活用し易くなります。

 

2.WBGT値から、湿球温度、黒球温度の把握

 WBGT値は、以下の式で算出できます。

 ・日射がある場合(例:屋外作業)

  WBGT値=0.7✕自然湿球温度+0.2✕黒球温度+0.1✕乾球温度

 ・日射がない場合(例:工場建屋内等)

  WBGT値=0.7✕自然湿球温度+0.3✕黒球温度

 

 以上の計算式を見ると、「一般的には」自然湿球温度による影響、すなわち湿度の影響一番大きいことが分かります。

 

3.すべての作業環境で「湿度の影響を除去」すれば良い?

 「一般的な環境」では、例えば空調機を導入して湿度を下げることで湿球温度が下がり、WBGT値を下げることが出来ます。そうすることで、熱中症によるリスク低減が可能となります。

 しかし、「一般的な環境以外」の場合は、どうでしょうか。例えば、高温の炉(溶解炉、加熱炉など)の近傍で作業する場合は、輻射熱が大きく黒球温度が上昇します。そうなると、前述のWBGT値の黒球温度の比率が増加するため、「空調機による除湿」をしてもWBGT値は下がり難く、リスクが低減しない可能があります。

 

4.工学的対策どのように進めるか

 経営者としては、熱中症対策にお金を掛ける(投資する)のであれば、効果的にお金を掛けたいと思います。一方で、大規模な設備投資の場合は、そのためのお金の確保も難しいものです。そのためにも、WBGT値から「どの成分が影響しているか」の現状を把握することが重要となります。

 

 高温の炉(溶解炉、加熱炉など)の近傍での作業環境対策となると、炉の周りを囲うことが有効です。しかし、全てその対策が取れるとも限りません。その場合は、作業者用の「遮熱板」の設置が有効です。最近は、同様なもので「遮熱シート」等が販売されていますが、溶接が出来る保全担当者がいれば、それを鉄板等で簡単に製作することも可能です。

鉄板で製作する場合は、炉側の面をある程度「鏡面」することで輻射熱の成分をある程度反射させることが可能です。これにより、遮熱板の作業者側面の温度が低下し、輻射熱による影響を低減出来ます。ただし、反射した先に「可燃物等の」影響物が無いことを必ず確認しましょう。

 

 

 一方、湿球温度が高い多湿の環境では、「除湿」するのが有効です。通常は、「空調機」等を導入することが考えられます。しかし、小規模空間では良いものの、大規模空間になると「一時的な」投資が必要になります。

 

5.人体の熱的快適性に影響する要素から対策を考える

 前述のWBGT値は、「自然湿球温度」および「黒球温度」(さらに、「乾球温度」)が影響因子となります。他の要素は、無いのでしょうか。

そこで着目するのが、人体の熱的快適性です。その例として、デンマーク工科大学のFanger教授が、1967年に快適方程式を導き、人体の熱負荷、人間の温冷感を結びつけたPMV(Predicted Mean Vote、予測温冷感申告)という温熱環境評価指数を提案しています(参考URL:https://www.jsrae.or.jp/annai/yougo/66.html)。その内容は、前述の相対湿度(自然湿球温度に影響)、平均放射温度(黒球温度)、空気温度(乾球温度)以外に、平均風速、着衣量および代謝量(作業量)が影響します。

 

1)平均風速に関しては、作業者へ送風することが考えられます。その際に、ファンを設置することも有効ですが、最近では「空調服」というものが販売されています。これは上着にファンを取り付けて、上着の中に外気と取り入れて体に当てるものです。これにより、体感温度を下げることが出来ます。より高機能なものでは、ペルチェ素子を付加して冷風を送るものがあり、上着の中の湿球温度を下げてくれます。最近、当方が所属する会社の工場で導入が進んでおり、好評です。特に、作業者の場所が広範囲で動く場合(例として、保全作業者)は、有効です。

 

2)人体の熱負荷(代謝量)に関しては作業管理に繋がりますが、作業内容に着目しましょう。例えば、ECRS(イクルス)の原則で業務改善による作業負荷の低減が出来ないか考えます。例として、Eliminate(排除)の観点では「無駄な動作、移動等が無いか」、Combine(結合と分離)の観点では「作業統合が出来ないか」、Rearrange(入替えと代替)の観点では「作業順序の入れ替え等」、Simplify(簡素化)の観点では「作業手順の簡素化」等が挙げられます。

 

 以上のことを考慮し、効果的な熱中症対策として参考にしてください。